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今までの「アイ love 授業」……バックナンバー編



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2016:1年生の1学期

August


8・31
今日で夏休みは終わり。
子どもたちも、ああ、終わっちゃうと
思っているでしょうけれど、
私たち、教員も
目の回るような忙しさに追いまくられる日々、
またやって来るかと、少しため息・・・それが本音です。

でも、子どもたちの顔を見れば、
夏休み明けの部活でまっ黒くなった中学生、
休み明けでしばらくぶりに会う友達との
かしましい大さわぎの休み時間。
ずーっとしゃべってもしゃべっても足りないくらいの
なつかしいという表情を見せる子どもたちに、
ウキウキすることも確かです。

昨日はホームページビルダーの教室に、
1時間半以上かかって、行ってきて、
5時間個人指導を受けてきました。

すごく楽しかった。
このHPを立ち上げる時に、
一人ですべてをやっていたので、何時間も何時間も
本を読んでは試し、あっちを呼んで、こっちを呼んでと
途方もない試行錯誤の日々を思い出すと、
質問とやりたいことの設定のために、
元IBMの開発担当者の先生は
どんどん瞬時に答えてくれて、実現していく・・・それが楽しい。
とても優しい先生で、手を取って教えてくれるので、
どんどんできてくることもとても楽しい。
9月中には、いろいろ反映できそうです。
うれしいな、うれしいな…年甲斐も無くうれしくなります。



8・30
とうとう月末です。
夏休みも終わり。
残暑見舞いの返事も今年は1通のみ。
みんな、メールの時代なんですね。

昨日は同じ地域の先生がたと研修会。
いつもは10人以上の参加者ですが、
昨日は4人。
でも、とても楽しかったです。
若い男性の先生の悩みが聞けました。
大勢では言えない悩み。
初任の先生が、中学生女子に
「先生のこと好き」と毎時間言われて
悩んでいるとのこと。

ホントに笑い事ではなく、
どう対処したものかと悩んでいるようです。

他の先生は、「あたらず触らず
聞き流す・・・」。
それが一番ですね。
そう言われなくなるためには
早く結婚してしまうこと・・・なんて私言いました。

まわりの女子もそう言っているのを
たのしんでいるようすなので、
「ハイハイ」と聞き流すのが一番という話になりました。


8・18
昨年受け持って卒業した子どもたちの中に
1年生の時から受け持った女の子がいました。
最初が大変でした。

今の子どもたちは
情報があふれているので、
いろいろ、自分をマイナスに表現することもいとわない。
リストカットと言っても
カッターで薄く傷をつけたり
鉛筆やボールペンで腕を引っかいたり
爪で、傷跡を残す子もいます。

それが、自分の存在表明になるらしい。
毎年、いずれの学校でも、
そういう女の子たちが少数ながらいるのではないでしょうか。

大変な女の子も、私が、
三年間受け持ち続けると、1年1学期に
断言したら、少し落ち着きました。

その女の子が、高校へ入りましたが、
やっぱり不登校で辞めちゃうかなと思っていたら、
担任の先生に相談して、
まだ、続いているそうです。

三年間は、むずかしいかもしれないけれど、
自分から心を開いて、問題を解決しようとした、
そのことがすばらしいと思う。

人間には、もともと、そういう力が
備わっているのだと思います。
でも、一時的に危機に瀕する時がある、
思春期や、経済的に恵まれなくなったり、
身の回りの人々の死だったり・・・・。
その時に、やっぱりまわりの人々が
必要になるのだと思います。
私は、中学生たちのそういう必要な時の
助けになれたら・・・といつも願ってます。



8・17
クラスの子どもたちに残暑見舞いを出しました。
最近は、年賀状も、残暑見舞いも
出すよりも子どもたちはメールでしょう。
でも、出さないでもいいかなあと思うと、
受験のお正月に、今年出した賀状は、
ひとことをそれぞれ添えていなかったら、
今回は手抜きだねえ、なんて、
中三の子どもたちに言われました。

残暑見舞いだなんて、
あゝ、また学校が始まるなあって
地獄からの召喚状?
かもしれないけれど、でも、
もう授業や学校なんて、忘れてしまってるかもしれないけど、
私からは、また会おうねっていうメッセージです。
やっぱり、20日頃に出すのが
いいかなと勝手に思ってますがどうでしょう?

南アフリカの人々が、
「危険じゃないから、もっと来て!!
 みんな、フレンドリーなんだよ!!」と
ことあるごとに言っていたのを思い出します。
フレンドリーというのは
辞書によれば、友人にふさわしい、友情のこもった、親しみのある、
そして、親切な、やさしい・・・と続きます。
すぐに思ったのは、笑顔を向けてくれることでした。
ホテルでも、店でも、
電車でも、ガイドさんも、
明るくて、楽しくて、笑顔・・・。
そんな人柄が自慢な国ってすばらしいでしょう?

日本もほんとうは、田舎はそうだと思いますが、
都会では、みんな、笑顔をしていると、
変な人と思われてしまう・・・・ちょっと寂しいですね。



8・16
南アフリカ以降も忙しく飛び回っています。
11・12日は合宿研究会。
その合間に、新しく始めた中国語会話教室。
これは単純に、魏志倭人伝を
中国語として読んで授業したいという野望。

もう一つはパソコン教室。
これは、このページをホームページビルダー16で
作製しているのですが、
新しいバージョンが必要なのか、
他の人は作成できないのか・・・そういうシステムを勉強して
もっと見ている方々に、使いやすくしてもらうためです。

その合間に90を超えて
一人暮らしをする父の家の草むしり・・・。など、
博物館の備品整理、管理そうじ・・・と、
大忙しの日常です。
企業に勤める娘のお弁当も
高校の時の罪滅ぼしで、
今、5時半に起きて、毎日製作中・・・。
部活に明け暮れる若い先生たちには
申し訳ないけれど、それなりに雑務がいろいろあります。

ようやく世間的に教員の過労が問題になってきていますので、
少しでも、この暑さの中、
他の先生たちも、リフレッシュできたら・・・と願いながら、
家事にもいそしんでます。




8・7
8月になりました。
実は、2週間、南アフリカに行ってきました。
学期末の忙しい時に
いろいろ準備して、
今年は、私には、節目の年なので、
やりたいことをやりとげたいと決意し、
家族の反対を押し切って
一人で旅をしました。
何と言っても、
アパルトヘイト廃止後の南アフリカ、
ネルソンマンデラやビーコの活躍していた
南アフリカがどうなっているか、
マンデラの牢獄あともテレビでは見ていたので、
それを訪ねる旅でした。
もう一つの案は、中国に1ヶ月水墨画留学を
考えていたのですが、それは実現の可能性が低く、
南アフリカを選びました。

驚いたのは、行く前に調べて
「地球の歩き方」の本に、
絶対一人歩きはしないことと、禁止事項が羅列してあったこと。
まるで、戦争状態の国に行くのではなしにと
思っていたのですが、
ヨハネスブルグは世界一危険な都市だそうで、
・・・・でも、珍道中でしたが、
実り多き旅でした。

結果は・・・・
南アフリカの人々のなんとフレンドリーで明るいこと、
ケープタウンの町では
ブラックピープルもホワイトも
イスラム系の人々も、アジア人も
世界中の民族が少なくとも10以上・・・の人々と会いました。
まるで地球の縮図・・・・その人々が、
H&Aで買い物をし、フライドチキンを食べ、
観覧車に乗り、音楽や大道芸を楽しんでいました。
貧富の差も大きいですが、ここには、未来もたくさんあります。
楽しく緊張する旅でした。


July



7・19
1学期、最後の授業では
アジア地域の民族衣装を
クラスのメンバーを選んで着てもらっている。
女子がなかなか難しい。
シャイなだけな子では無理
ちょっと好奇心があって
私が手を引いたらいやいや出てくる子がいい。
進んで出てくる女子はいないので・・・。

男子は中1だとみんなハイハイと
にぎやかなので、これも私が選ぶ。
用意したのは
チマチョゴリ、アオザイ、
チャイナドレス、人民服
アラビアのガラベーヤ、インドネシアの腰スカート
自分が買ったのはアオザイと腰スカート
チマチョゴリは久津見さんから
チャイナドレスと人民服は白井さんから
譲り受けたもの。

他にもまだ、山ほどあるから、
2学期最初にも、サリー、
ニカブ、タイの民族衣装も来てもらおうと思っている。
他の地域では、メキシコやアフリカの衣装もあるし・・・

着た様子の子どもたちは、とても和やか、
楽しい・・・。
男性用のチャイナ服を着た男の子は
カンフーだ、強そうだと人気だし、
アラビアのガラベーヤやインドネシアの腰巻は
ホントにオジサンスタイルで、
似合う、ぴったりだと、大爆笑。
笑われるのを喜ぶわんぱく男子を選んでいるので、
中には、涙が出るまで笑って楽しかったと感想を書く子も・・・。

女子は女子で、
本人たちは、似合わないと後ろ向きになりたがるが、
他の女子たちが、「かわい~い~❤❤」と
歓声をあげてくれる。
それを見ている私も、とても楽しくうれしかった。



7・18
もう少しで1学期も終わり。
子ども達は総体準備で忙しい。
1年生の心配は、何しろ熱中症。
今まで受け持った子どもたちで、
毎年秋口に微熱を出す子、4階まで上がれず登校できない子
が出てきていた。
夏休みの練習で、熱中症になったせいらしい。
くれぐれも、子どもたちにも、親御さんにも
気をつけてと伝えている。

とと姉ちゃんを楽しく見ている。
花森安治は過激な反体制人だったから、
ちょっとドキドキしながら、
NHKがその真髄を映し出すだろうかと思って・・・
でも、大橋鎮子さん=ドラマ上では小橋常子のがんばりと
とらわれない大胆さと懸命さが楽しい。

花森安治と大橋鎮子さんの「暮らしの手帖」の
発刊の決意がいい。
敗戦のあとの、みじめな暮らし、つらくて悲しい暮らし・・・。
それを見て、改めて二人は感じていく。
普通の人々のくらしこそ、一番大切にしなければならないもの、
戦争で奪われてはならないもの・・・

これこそ今の憲法が守っているもの、これからも守るべきもの。
戦後、お客さんにお茶も出せずに白湯を差し出す時代、
食べ物を奪いあって、闇市で騒ぎが起きる時代、
そういう時代に、ちょっとおしゃれをして、ちょっとおいしいものを食べて
それも、自分たちの工夫から
自分たちの手で、生活を作りだしていく・・・
そういう思想でした。

私は暮らしの手帖で育ちました。
どれだけ、お料理がおいしく見えたことか、
パリの情報が、どれだけステキに見えたか
しかし、母にとっては
一銭五厘の旗、そして、戦争中のくらしの記録
こそが、「私の言いたかったことを言ってくれている」
そういう愛着の湧く雑誌で、
ずっと取り続けていたようでした。




7・12
30年前のNHKのすばらしい番組
「人間は何を食べてきたか」シリーズの
米編を子どもたちに見せる。
ほんの5分くらいだが、
とても貴重な映像だ。
「浮き稲」と言って、
メナムデルタ、今ならチャオプラヤ川の水田を
船が行く。
稲の花が咲いた一本を引っこ抜こうとすると、
なんと、水の下に5mもの茎が伸びている。
水深5mの水田で、稲が育っている。

さて、ここで問題です。
稲は、どうやって植えたのでしょう?

棒で地面に押し込んだ。
種をまくと5mに伸びていく・・・
そんなとてつもない意見が出て、
・・・・でも、私自身が、ふと考え付くまで何十秒かはかかっている。

一人、二人と手をあげて、正解を言ってくれる。
「先生、種をまいたり、苗を植えた時は、
 水が少しだったんでしょう?」
そのとおり、
5mもの増水こそ、雨季と乾季を教える良い映像なのでした。
豊かな水と気候がよくわかる、一石二鳥の映像です。

正解を、必ずクラスの数名は思いつく、
子どもたちの柔軟性も・・・・いいです。




7・10
授業がトントンと進む。
すべてが結びついていって、すじみちが通っていく。
説明するのも、おもしろいくらい。
でも、私ほどみんな、おもしろがってくれているかな?

今年収穫したばかりの近所でもらった麦の穂を
1人一本ずつ渡して、スケッチして、麦粒をさがす。
麦の中から小麦粉を発見するのが課題。
「つぶせないよ、せんせ~~~い」
「あっ、つぶれたよ!!粉出てきた」
「ほんとに小麦の味がする(小麦粉の味?)」
思わず麦粒を口にして、パンの味がする?と喜ぶ子どもたちもいる。

次に、数年前の稲の穂だが、
班に一本ずつ渡して、籾をむき、
玄米の粒を数える。

さて、クイズ。
「コメと麦と、どちらの方がたくさん取れるか?」
「コメと麦とどちらの方がお腹いっぱいになるか?」
「コメと麦とでどちらの方がカロリーが高いか?」
「コメと麦で、どちらの方が人口が増えるか?」

およそどの班も麦は20~30粒
米は70~100粒。
収穫量で言うと10aあたり、200kg位差があるらしい。
そして、カロリーで言うと100グラム当たり100kcalぐらい違うらしい。
だから、米を食べている地域の方が人口が多い=人口密度

ならば、世界中でお米を育てればいいんじゃない?
飢え死にする人は無くなるよね、でも、稲には何が必要かな、小麦と違って?

「雨」「大量の水」
そう、だから、東南アジアには雨の多い地域があったよね。
白地図には、東南アジアの降水量の多い地域と、
モンスーンの図があり、みんなが色をぬっています。
しかも、夏のモンスーンは赤く塗ってあります。
だから、雨が多くて、お米がたくさん取れる場所は、人口が多いわけ。
そう言って、白地図の人口が多い東アジア・東南アジアの地図を見る。
「世界一の人口はどこ?」 「中国」
「さて、中国でもお米を作っているのは雨の多い南部、
 さて、どちらの河かな?」「長江だ」
「世界第二の人口はどこ?」「インド」
「インドの雨の多い地区は?」「ガンジス川のまわり」
「そして、東南アジアで雨が多いのは?」「チャオプラヤ川のまわり」
ハイよくできました。

麦を数え、米を数え、
世界地図で主食の地図を色ぬりし、
白地図帳で、人口の多い地区と、雨の多い地区を色ぬりすれば、
今までならったことがすべて結びついて、
理解できるというわけ・・・。
このあとも、モンスーンを色ぬりしてあるので、
乾季と雨季の説明もすぐにわかってもらえそう・・・。

体験とすじみちと知識が結びついただろうか?



7・9
子ども達と、いっしょに小麦の穂をほぐし、
小麦の種子を出して、・・・
稲の穂もバラバラにして、籾の皮をむいて
玄米を取り出していると、
いろいろなことを、考えます。
自然にいろいろ想像してしまいます。

こんなに小さな粒を食べようって
よく人類は考えたんだな。
そう言えば、森にすむサルたちは
決して、穀類は食べない。
火を通さないと食べられないものだからなあ、
でも、よく、こんな小さな粒を食べようとしたなあ、
ちょっとだと、全然お腹がふくらまないのに。
それに、籾から玄米の取り出し方、
玄米だと炊きにくいけれど、
ぬかを取って、白米にして食べようだなんて、・・・
いったいどうやってこの方法を見つけたのだろうか?

授業では、タイの市場ごはんという5分番組を3本。
タイの豊かな食材があふれんばかり…よだれが出そうです。




7・4
つい、長く書いてしまいましたが、
バングラデシュのテロも、イスタンブールも
イラクのテロも、若者が命を捨てて
行動しているのは同じ。
一つの戦争ではないかと思ってしまいます。
それは、誰に対してなのか、
決して私たちに向けられているのかとは思わないけれど、
これほど続くと
グローバル化は資本主義だけではなく、
そうした殉教もグローバル化させている。
大きな問題だと思って、先日は、長々と引用してしまいました。

今はアジアの農業をやっています。
農業の基礎知識だと思って、
米と麦の予想図を書いてもらいました。
しかし、おもしろい問答が????

子どもたち同士の会話
「ねえ、小麦ってなんなの?」
「なんだっけ?」
「小麦粉なら知ってるけど、小麦は知らないんだけど・・・」
「全然わかんないんだけどな、小麦ってなあに?」

ちょうど近所で、小麦を刈り取りしていたのを
隅の方の刈り残したものをもらい、
実物をこのあと見てもらって、分解するのですが、

小麦の予想図がおかしい・・・まるで雑草。
実っていません。
麦茶のペットボトルをを書いた子もいました。

「小麦ってなんなの?」
これは傑作でした。
そう、何たるかを知らないで、
農業学習は成立しませんよね。



7・2

イギリスのEU離脱が話題となっていますが、
なぜ、EU離脱が支持されたのか、
その理由がフランス人が書いた本を読んで目からうろこでした。
『シャルリとは何か?』
離脱の国民投票の前に本を読んでいたので、
よくわかりました。

社会科教師としては
EUは、言わずもがなの当然の組織、
EUが無くなるということはありえないと思って教えていました。
そして、同調社会である日本では、
「まとまることが悪いはずがない・・・」という思い込みから、
EUをすぐれたシステムだと思いこんでいた。

しかし、この本を読んで、とても納得。
資本主義にとってこそ、市場が統一され、
流動化されることが、最ももうかる仕組み。
力の強い者こそベストになれるわけです。

EU離脱に賛成した人々は、
グローバル化に反対した人々だということです。
ソ連の崩壊以後、社会主義というブレーキを無くした資本主義は、
利潤のために、労働市場も、さまざまな消費財の市場も
流動化させています。

子どもたちの調査結果を見ても、
ベトナムの文房具に囲まれ、中国の衣料品を着て、
アメリカ・オーストラリア・ブラジルの肉を食べる・・・
そういう私たちの生活です。
グローバル化は情報も共有され、
富の分配も世界的には平均化されるから、
いいこともあると思っていました。
しかし、今のような進み方ではその過程で
たくさんの命や人生が失われていきそうです。

日本もそういう傾向に近づいていますが、
資本は、第三世界の労働市場に流れ、
先進国では若者の失業率がどんどん上がる。
先進国で行われているのはマネーゲームのみ。
そして、第三世界の安い商品で、安定した生活をするのは、
先進国の年金生活者で、選挙で大多数を構成するのもその層。

若者は収入が減っているけれど、
安い商品を買って、便利な社会だから家事をせずとも
なんとかカツカツ生活できてしまうので、
家族を構成する必要もない。
一人で閉じこもって生活するか、
年金生活をする親の元に戻るか・・・それでは未来は無い・・・。

日本の報道では、「移民政策に対する感情的な反発だ」と言われていますが、
それが、中心ではないと思います。
自分の失業は移民のせいだ、そう考える人々も
中にはいるでしょうけれど、
EUが多くの国に求めていく緊縮政策で、
福祉政策も切り崩され、金持ちだけがますます富を得る、・・・
そういう政策に、意義を唱えた結果ではないかと思います。
対岸の火事と思っていたら、まちがいでしょう。
アジアが経済成長して、日本の人口が減れば、
移民を受け入れざるを得ません。
子どもたちの時代の未来はどうなるのか?
本気で心配です。

本から引用します。

「すべての先進国社会に共通する特徴の一つは、
若者たちが経済的及び社会的に押しつぶされていることだ。
グローバリゼーションが、そして、何よりも自由貿易が
その役割を果たしているわけである」

グローバリゼーションが世界の労働市場を一体化する。
少数の高齢者が資本をにぎっている。
もし、ある先進国が自由貿易に門戸を開けば、資本は優遇される。

そして、労働が、不利な立場に置かれる。
これこそまさに正確に、我々が生きている状況なのだ。
すなわち、若者たちの労働や消費や移動の自由が、
自由貿易によって押しつぶされているのだ。・
 

いうまでもなくユーロが、ユーロ圏内では
自由貿易のもたらす影響をより一層深刻化させる。
ユーロは強くて安定していて、もっぱらインフレとの戦いを
優先させるやり方で管理されている。
われわれは現在デフレの中に入ってしまっているわけだが、
このデフレがまた、固定的に保障されている所得の持ち主たち
すなわちリタイアした年金生活者たちを有利にする。

西洋諸国民の高齢化によって、いたるところで
高齢化した有権者集団が生まれており、
この集団の好む方向へと政治的決定が導かれている。
自由貿易もそうした政治的決定の一つだ。
 
中産階級の状況が、その決定的な支えを
高齢世代の存在に見出すということだ。
戦後すぐの貧困の記憶が残っている限り、
現在高齢に達している人々は、
自分たちの状況をポジティブに評価し、
いわゆる「福祉国家」の側に身を置く。

 経済的抑圧は、言うまでも無く、
だれに対しても等しいわけではない。
一番厳しい状況に置かれるのは、イスラム圏を出身地とする若者たちだ。
このサバイバルゲームでは、全く機械的なこととして、
もっとも最近にやって来た者の効率が一番低い。
それゆえ、われわれは、移民系の子どもたちの失業率が高いことを
かなり広範に説明できる。マグレブ出身の若者たちの失業率が
特に高いことのかなりの部分を証明する。

 たとえば、午後の時間帯のテレビでよく目にするのは、
安全装置つきの浴槽だの、尿漏れ対策だの、
葬儀費用保険だのを扱うコマーシャルである。
 もし、若者が、不満だというなら、彼らは、外国へ行けばよい。
アメリカでも、オーストラリアでもどこでもよかろうというわけだ。
若者の旅行と海外移住は、とりわけ高齢者たちを購買層としている
メディアの好みのテーマの一つだ。
アメリカで学生か料理人、ロンドンでバーテンダー、
西アフリカで人道支援者、すべての冒険はやってみるに値する。
ならば、失業と軽犯罪にはまっている都市郊外の若者たちの場合、
シリアでのジハード戦士もありえるのではないか? 
冗談を言っているのではない。
大真面目にイスラム国という蜃気楼は、
若者の海外移住の一形態だと主張できる。

 カビの生えた宗教的な道徳主義に陥るつもりは無いが、
先進国社会で、若者たちに提案されている社会的、道徳的展望が、
率直に言って、不十分だということを確認しなくてはならない。

技術の進歩は驚くべき水準であり、わくわくするほどである
にもかかわらず、である。

今日のフランスで思春期以降に見えてくる展望は、
単に、テレビゲームとソーシャルネットワークと
解放されたセックスライフだけではない。
それはまた格差の拡大や、今や受け入れられてしまっている
10%の失業率という、道徳的に退廃した光景でもある。
そして、さらには、互いに対立しているかのように装う政治家たちや、
ただの芝居と化している議会の茶番である。
また、社会的に保護されている中産階級のエゴイスティックな冷淡さでもある。
 

 まさに、その中産階級のクオリティライフを
テレビは毎度ほめあげているけれども、その瞬間にも、
本書ですでに指摘したように、
我が国の刑務所はどんどん満員になっているのだ。
入るのは必然的に若者たちで、もちろんそこには、
最近の移民の子どもたちが高いパーセンテージで含まれている。
その上、フランスでは、国家が囚人たちに
人間らしい待遇を与えるために不可欠の予算を計上しようとせず、
狭い空間に囚人の数が多すぎることが、
刑務所の中の不健全な雰囲気をいやがうえにも助長してしまう。
刑務所がすべてをラディカルにする。
そこでは、一般の犯罪も軽い物から重い物に変わるし、
イスラム教も伝統的だったものが、
テロリスト的なものになってしまう。・・・・・・・

 キャメロン首相の政策は、ユーロ圏のそれと同じくらいに緊縮策で、
これまたユーロ圏同様に、国民の所得の中間値が下がっていくのを
いっこうに止められないでいる。
とりわけ、若者たちの所得の低下がひどく、
時に彼らは、大学を卒業したあと、
又親の家に舞い戻ることを余儀なくされている。

キャメロンは彼自身の時代の価値=とりわけ株価、を妄信して、
スコットランドの若者たちを分離へと導いたのだ。
20149月の国民投票で
16歳から34歳のスコットランド人のうちの57%が、
離脱を選んだ。
その離脱を拒んだのは、65歳以上人口層の73%だった。

スコットランドの若者たちの疎外現象は、
今日、リズムと形はさまざまであるにしても、
いたるところで西洋社会の固有の堅固さが、
危うくなってきていることを示すものだ。
今後はありとあらゆる離脱が考えられる。
・・・・・

韓国の現状を伝えるドキュメンタリーを見ていると、
「今、流行っているのは『絶望ラジオ』」「若者の6人に1人が自殺?」
毎日、東京のはずれから、東京の都心を横断して通勤している私にとって、
日常の風景は、毎日、数路線での人身事故です。
つい最近も帰宅する駅で起きた人身事故、あまりにこわく、胸が詰まり、
しまった改札口から逃げるように、喫茶店に逃げ込みました。
今教えている子どもたちの未来をどう作るのか、真剣に悩んでいます。





Jun



6・25
若い先生にアドバイスします。
クラスの男の子たちが、
同級生をかまって、
遊んでいるような、いじられているような、
かまわれている男の子も
笑っているからどうなのかと・・・

そう、私もよく迷いました。
遊んでいるのか、いじめているのかと・・・。
でも、娘で、わかったことがあります。
幼い時、しぐさがかわいいと言って親が笑うと、
むきになって「バカにした」と怒り出しました。
頭を小突かれたり、
ちょっかいを出されたりして、
うれしい子どもはいません。

自分がやられて嫌なことは人にやらない、
それの論理でいいんだよ、後輩に説明します。

止めなさいと言ってもやめない。
そのことに対しては
なめられているからと先が見えないから、
がその理由だよと説明します。
そして、若い先生はなめられるのが普通だから
決してそのことを、気に病む必要はない。
つまりこわくないということ、
だから「怖がらせれば」いいんだよ。

一つは、親のことを持ち出すこと、
一つは、他の先生の名前を出すこと、
ずるいようですが、これの戦術の一つ。
理屈で言っても力関係で、
クラスで集団化していれば、
そう担任の先生を怖がってくれるわけではないので、
テクニックを使うわけです。

なんと言うか?
「かまわれている方の親御さんにしてみてごらん、
 嫌な気持ちがすると思うよ。
 そして、本人が笑っていると言ったって、
 人間には、我慢の限界があるから
 いつかかかってくるよ。
 そうしたら、きっと君たちもやり返して、乱闘事件。
 そうなると、子どものけんかでは済まなくて
 あなたのご両親も、けがをさせたとか、
 人の嫌がることをつづけたとか、
 あなたの代わりにあやまらなくちゃならなくなる。
 中学一年生になっても、親に迷惑をかけたいのかな?」

もう一つは
「最近あなたたちのことが職員室でも話題になっていて、
 やりすぎじゃないかって、他の先生たちが心配していたよ。
 遊びのつもりでも、大人の目から見ると、
 そうじゃないから、やめた方がいいんじゃないかな?」

今まで何度となく、
いじめをストップさせてきたり、
ケンカを仲裁してきて、
やっぱり、事前に予防するのがとても大事です。
だから、おどかすんです。
予想させ、イメージさせて。

そして、そういう子どもたちの
日常もかわいがってあげる。
そうしたら、そういうストレス発散の形は
しなくなります。



6・24
初めての期末テスト。
1年生はとても初々しい。
教室をまわって質問を受けると、
必ず珍問答になる。
「先生、問題の意味が解りません」
(中国のように、たくさんの外国企業が工場を作っている状態は?という
 問題を、解説したら、答えになるでしょ?)
「はい、答えられませんから、がんばってね」

時事問題でまちがっていたら×をつける問題。
「先生、この問題まちがっています。
 イギリスのオバマ大統領ではなくて、アメリカです」
(そこを訂正すると、問題にならないよ!!)
「問題をよく読んで、まちがい探しだからね」

カタカナ五文字で書きなさい、そしてモンスーンと答える問題
「先生、カタカナっていう時、こののばし棒(横線のこと)
 カタカナに入るのでしょうか」
(カタカナとひらがなの質問とは?モンスンじゃ正解ではないでしょ?!!
とほほ・。)
「それは、よく考えてね」
がんばってね、みんな。


6・17
EUを抜けるか抜けないか、
イギリスで論議になっている。
抜けるなんてありえないと、
社会科教員として考えていたが、
新書を読んで、実はそうではないことがわかってきた。

現在は、ドイツの一人勝ち状態。
それは、東欧が社会主義から離脱して、
東欧の人々の安い労働力が
流入してきて、イギリスが失業率が高まったせい。

東西冷戦が終わって
平和になると思ったら、大間違いだった。

資本主義は利潤を求め、
今まで社会主義国だった国々の安い労働力を
グローバル化して、求め続けている。
先進諸国では、失業率がそのせいで上がり続ける。
産業が空洞化する。

また、より良い福祉を求めて流入した
先進国への難民たちだったが、
その福祉を求めることができるのは、
その資格を得ている従来の国民だけ。
その福祉を得たくても、まず仕事が無いので、
税金も納められず、そのために、福祉の恩恵も得られない。

同じパターンは、今、アジアでも起きている。
子どもたちの水筒の、象印も、タイガーも
海外に工場を移転し、産業の空洞化が進み、
必要とされている職場は、介護と通信販売の発送業務。

アジアのNHKドキュメンタリー番組を見て、
驚いた。韓国の自殺率が怖ろしい。
「絶望ラジオ」という番組が人気。
さて、どういう夢を、子どもたちに語るべきなのだろうか?
一昨日帰ろうとして、
駅で人身事故が起き、列車が30分ほど動かなかった。
とても、怖ろしくて、その場を離れ、
喫茶店に入った。とても、痛みを感じてしまう。
この毎日頻繁に起こる、大都市の人身事故。
この痛みを、どう日本は解決するのだろう。



6・16
毎日、雨、雨
蒸し暑いのが多少つらい。
海沿いの学校なので、湿気がたくさん。
風も強い。
技術科の先生が
藍を育てていたが、強風のせいか
葉っぱがしなびてしまった。
生き物を育てるのは、本当に大変。
藍の生葉で染色するそうです。
藍は強いから、陽が照れば、伸びてくれるのではないでしょうか。

三年間、育て続けた綿花は
今年はお休み。
風と、ナメクジとの戦いに疲れました。
今年は育てなくても、十分綿花があります。





6・13
お蚕さまを、また今年も持参する。
キャーキャー、
ほんとうに気分が悪くなったと、顔色を青くする子どももいる。
嫌がらせやおどかすためではない。
天の虫なんです。
唯一、家畜として品種改良した虫。
刺さず、毒も持たず、飛ぶこともできず、
成虫にならずにほとんど繭のまま死んでしまう虫。

人間のためだけに生きている虫。
そう伝えて、見てもらう。
古代には、正倉院の衣服の一部が絹として残っているし、
明治時代には、このまゆで日本は発展したから、
中学三年になったら、繭から糸を取ることも伝えた。

今年は、びっくりして、笑ってしまう出来事があった。
桑の葉を食べて、味見をした子どもがいた。
「まずいまずい」と連発。
「桑の葉は蚕用だからダメだよ食べちゃ」
子どもたちの好奇心は止められない。・・・仰天!!

そう言えば、若い先生たちに見せたら、
男性の社会科の先生たちが、夢中で触って、
飼いたいなあと言っていた、こちらも少年のような好奇心ですね。


6・9
インドについて勉強し、
映画を見せている。
「スラムドッグ ミリオネア」
かわいそうじゃないスラムの少年たちが
とてもいい。

主人公のジャマールとサリームが
スラムの中を走り回り始めると
中学一年生たちの目が輝きだす。
それに、インドの音楽がすばらしい。

二人の少年たちのほんとうに生き生きとしたさま。
インドの匂いがするように思う。

原作の「僕と1ルピーの神様」ほど、
シリアスで胸が強烈に痛まないけれど、
インドの半分くらいが描かれているように思う。

後半はラブロマンスの話になるが、
わんぱくな少年期の、
残酷でも、壮大なストーリーが、
そして、列車に乗って、インド中を旅して
生活する兄弟が、とても魅力的だから、
インドを伝えたいと思って見せている。



6・8
建麗ちゃんの番組は2005年だったが、
古い番組でも、取っておくと
とてもいいことがある。

建麗ちゃんの時は広州の工場で月給9000円、
そのあとに使ったドンキホーテの大連の工場は
2009年で平均で月2万円。
ネットで調べると、2012年で5万円ぐらい。

最近のNHKの番組で、
日本の企業が進出したベトナム工場で
月給が2万3千円。

企業が、グローバル化の時代に
人件費の安いところへ移っていくのが、
子どもたちにも如実によくわかる。

日本の産業の空洞化がものすごく心配だ。
子どもたちが大人になった時に、
どんな仕事が残っているのだろう。
介護だけだろうか?



6・2
朝の通勤時間帯、駅で卒業生に出会う。
クラス担任だった時、
受験の時期に、私に「嫌い」と言った男の子が、
ニッコリ笑いながら、軽く会釈をして
走り抜けていく。
ああ、やっぱり、あの時期は
苦しかったんだなあと思う。
そのつらさから、甘えて、
でも、そんなつもりは無くて、
ストレスを私にぶつけていたんだなあと思う。

その時期が過ぎて、穏やかな笑顔を見られることが、
朝、ちょっとした幸せに感じる。

もう、私自身の気持ちは、
心配な1年生に向いているけれど、
つかのま、3月に気持ちが戻って、
なつかしさにうれしくなる。





6・1
建麗ちゃんの番組について書いたが、
親孝行をしたいという、
18歳の女の子の気持ちに
やっぱり胸を打たれる。
それは中学生でも同じ。
胸に響くものはみな同じだと
子どもたちの食い入るような顔を見ていて
強く思う。
特に、おみやげを妹たちに渡す時の
バックミュージックの中国の歌が
切々と胸に響く優しいメロディ。

一方、海外ドキュメンタリーで
カナダの番組が同じように中国の出かせぎを
取材していた。
どちらの番組を選ぶか、
準備の時点で、よ~~~く考える。

同じような内容だが、
建麗ちゃんの番組は2002年、
カナダのは最近。
内容で考えていった。
同じように見えて
出かせぎに行くのは父と母。
田舎の家を守るのは祖母と姉と弟。
実家に帰るたびに、
母は勉強はどうなっているか、
進学のためにお金を稼いでいると言い続けている。

そして、姉の方は、ある時、爆発。
母を無視し、そのことに怒った父親に殴られる。
壮絶な場面で胸がいたくなる。
姉の女の子は、慕っていた祖父が亡くなり、
孤独で勉強も思うように進まず、
両親が戻ってきても、
心を開けない。

確かに、ドキュメンタリーとしては、
出かせぎで親の愛情を感じずに育つ子供たち。
お金よりも、近くで親に甘えたいという気持ちが
表現できず10年以上、過ごしてきた不満・・・・。
その問題を突き付けているが、・・・・。

日本の中学生の子ども達は、たぶん共感できないだろう。
荒れ狂う姉を見て、「わがまま」だと感じるだろうし、
町に出て働き始め、
やがて夜の世界でアルバイトまでする
女の子に、困惑してしまうだろう。

中学生に、世界地理で、
中国の工場の何を伝えるか、
教えるに値することは何か、・・・それを考えながら、
教材を選ぶ。
教師としての眼力が問われるのだと思う。
中国に対する偏見も育てないように、
基本は中国の人々に少しでも共感できるように、
そうやって、教材を選ぶ。
だから昔の番組でも建麗ちゃんを選ぶ。



May


5・31
東南アジアの工業で、いつかやろうと思っていたことを
実行している。
ちょうど1年生の始めがいい。
宿題を出しても、まじめにやって来るから。
家の物、スーパーなどお店の物で
どこの国のものかを調べてくることにした。
それをどうするか。
クラスが少なければいいが、大規模校。
シールを作るのはやめて、
小さなシールぐらいの大きさのそれぞれの物を用意して、
クラスごとに一覧表に張ることにした。

ある女の子は、家の中の物、100個以上を調べてきた。
驚き!!
ノートで文房具を表わし、
ポッキーの箱で食料品、
Tシャツで衣類を表わし、
水筒で日用品、
洗濯機で電気製品
ブロッコリーで野菜や果物
肉で魚・肉類を表わして、この形の小さい紙を切って
のりで、表に貼っていった。

さて、どうなることやら。
でも、一目瞭然の表ができる。
最近多いのはベトナムやミャンマー製だった。
まだ途中経過なので、一覧表ができたら紹介したい。

水筒については
中国が100個
マレーシア55個
タイ46個
ベトナム3個
インド1個・・・・
やはり、工業生産は東南アジアへも移っている。



5・25
世界地理をやるのは何年ぶりだろう。
6年ぶりぐらいかな?
3年前ぐらいから、それぞれの各国を地域ごとに
教えるようになっていたが、
私が取り組むのは初めて。

教えてあげたいことが山ほどある。
学ぶ価値のあること、
伝える価値のあることを授業したいと
強く思う。

40代ぐらいまで、
中身づくりに苦労し、
1時間をどう持たせるかで
悩んでいたけれど、
50代を過ぎたころから
余分な時間は一切無くなった。

アジアで今勉強しているのは工業。
しかも、中国だけではなく、
東南アジアの発展ぶりを伝えている。

そこで、役に立つのが、
NHKの経済番組。
すばらしい情報番組だ。

驚いたことがある。
子ども達が調べようと言って取り出した水筒。
中国製だけでなく、タイ、マレーシア、ベトナム
インド製まである。
そして、ちょっと聞いてみたら、
出張で、ミャンマーに行った、ベトナムに行った・・・
というお父さんがいたこと。

日本は生産現場で無くなり、
舞台はアジアに移っている。
これから、失業者が増える先進国になりそうな日本。
どうやって今の生活を維持していくのだろう。
誇りも経済力も、失ったらどうなるのだろうと、
切実に思う。



5・23
中学一年生というのは
いろいろな小学校から来ている子どもたちが
お互いの関係を始めて作っていくところだ。
だから、4、5月は、
特に男子は、トラブルが多い。
今のおとなしい中学校でも、
それは、少しずつある。
お互いを挑発して
悪口を言い合って、
相手のでかたを見る。
そんなことでちょっとした暴力。

初めて中学生を受け持ったときは
なぜケンカをするのかと
とても不思議だったし、
ちっとも理解できなかった。
何せ、私自身は女兄弟しかいなかったので。

でも、男の人たちって
それが自然な生態なのかな
と感じることも多い。
どちらが力関係が上か下か、
大人でも見ているような気がする。

中学一年生なんて、
ほんとうに、相手を見て
力関係を測ろうとするところがあるから、
それをそのまま放っておいたら
猿山のサルになってしまう。
だから、大人を介在して、
力関係では作れない関係に作り変えていく。

中学校では大人の集団、先生集団が
治安を守り平和を作ると
教えていくことが大事なのだと思う。

30年前、失敗したのが、
そのころ勤めていた荒廃した中学校だと思う。
悪夢でした。



5・19
今、一年生と地理で
中国を勉強している。
「ガイアの夜明け」の番組で
2005年に放送した
建麗ちゃんという出かせぎの少女の話を
まず見せる。
この番組からもうすでに10年以上たっているのだが、
建麗ちゃんが、妹たちの大学進学のために
工場労働者となってがんばっている姿が
子どもたちの共感を呼ぶ。
田舎の妹たちは、お姉ちゃんの手紙に
「みんな元気ですか」という出だしで泣いてしまう。
お母さんも泣き、おばあちゃんももらい泣き。
家族の優しい絆にみんな目を見張る。

今の日本の中学一年生たちは
「妹たちのために働くなんて嫌だ、
 稼いだお金は、自分で使う、もちろん」
と答えるのに、
建麗ちゃんの家族のつながりに
食い入るようにみんな見つめる。

どうしてなんだろう、
貧しいと強調され、
給料も安いと説明され、
それでも、いっしょうけんめいに働いて
かわいい笑顔を見せる建麗ちゃんに、
どこか胸うたれてしまう・・・・
それが、自然なのかもしれない。

やはり、マスコミの影響で
中国を馬鹿にしたり、
嫌いだと言い張ったりする子ども達も多いけれど、
こういう番組が伝えることは大きいと思っている。




5・18
体育祭も終わり、ひと段落。
体育祭で、強く思ったことがあった。
練習は10日間、
それも、雨が降って何回かつぶれた。
紫外線は強かったけれど、
練習で2時間続いても、だるくなるほどは疲れない。
あと1週間体育祭が遅ければ、疲れも違うだろう。

それにしても、全体練習で、全校数百人が
開会式や準備運動や、棒引き・騎馬戦
これらの練習をしても、
終えて、教室に戻る時に、
子ども達が、だらだらと、
疲れて無言でもどることは無かった。

これは、超ベテランの女性の体育主任の
指導の賜物だと思った。

体育祭の練習で、体育の先生が怒鳴らないことは
今まで経験が無い。
「だらだらするな、走って応援席まで戻れ」
「体操の隊形に開け、そう言われたらすぐに走れ」
そんなふうに大声で怒鳴られるのが、普通。

しかし、今年は、彼女は全く怒鳴らない。
すべて「ですます」調で、静かに指示。
うまくいかなければ、やり直すだけ。
そして、最後に
「明日の体育祭は、皆さんが真剣に練習に取り組んだ成果を出す場です。
 今までで80点ですから、あとの20点を全力で出し切って100点にしてください。
 練習も、皆さんの協力のおかげでとても短期間でも立派にできました・・・。」
そういう趣旨を言って、解散をした。
教室に戻る全校生徒が、明るい笑顔で、
疲れた様子を見せないことに、
ほんとうに驚き、改めて、
怒鳴ることの無意味さに、気づかされてしまいました。
すごい!!


5・10
1日に、私自身、大口をたたいていたくせに、
大勘違いをして、
また、プリント配りを嫌がらせをしてたとまちがって
同じ男の子を、大怒鳴り・・・。
教室の空気は凍りつき、でも、私の勘違いだとすぐ気付く。
気まずかったけれど、
帰りの会に、すぐにこう言ってあやまる。
私の勘違いで怒鳴ってしまって
ほんとうにごめんなさい。
頭を下げる。
それだけではなく、「きっと、○○君はむかついただろうね」
「つい卒業していった三年生の時は
 先生ひどいじゃないですかって泣いて怒った子もいたし、
 陰で、ブツブツと呼び捨てにしてただろう子もいたよ○○なんて・・・」
「でも、嫌なことがあったら、言い合おうと言っているから、
 私も人間だからみんなと同じようにまちがうことがあったら
 言っていいんだよ」と笑いを交えながら話す。

彼が、ニコッとする・・・ああ、よかった。

体育祭の練習で忙しい。
大変だけど、大規模校の準備だから仕方ない。
子ども達が初めてのことで緊張しているから
解きほぐすようにして、私も楽しんでいる。
これが、2年や3年になると、
燃え方が生ぬるいと言って怒られてしまう位だ。

社会科で今やっているのは世界地理。
まず、熊本の地震のことと、地震の原因と
阿蘇の成り立ちを授業した。
そのあとで、すぐにアジアに入る。
ビンゴをしたり、暗記テストをしたり、
都道府県カルタをしたり、ヘビクリームでおどかしたりしながら、
今度はアジア・中国に入っていく。
とても授業を楽しんでいる。
何をやっても、うるさく質問して、目を輝かせる
13歳の少年たちがおもしろい。


5・8
連休中は、博物館で合宿研究会で大忙し。
若い先生がたくさん来て
久しぶりに子どもたちの話が聞けて
とても楽しかった。

今、フランステロを分析している本を読んでいるが、
納得することがたくさん。
どの国でも商店街がさびれ、大型店舗や
チェーン店が繁盛。
地域おこしを考えても、うまくいかない。
戦後派の考え方と、若者の間には
信じるものの違いの断絶があり、
それに社会が気づいていない。
格差が広がり、過激な発言が人気を呼ぶ。
大学を出ても仕事を保障されず
親の代の裕福さは望むべくもない・・・。

これは、世界の同じ現象なのに、、
各国ごとに分析されて、
・・・・・・・・・・・・・・・う~~~ん
これは、日本とまるっきり同じではないか。

どうしても、私は、教えている子どもたちの未来が気になる。
若い先生たちの毎日の仕事が気になる。
失業や貧困や不平等は、戦争の引き金になる。
そういう社会を私たちは作ってはいないかと・・・。

同じ若い先生たちでも、昔から
中学校の先生たちは、
休日こそ、試合で、何日も朝から晩まで働き、
こうした研究会に参加できる人はいなかった。

休み明け、それなりに疲れている若い先生たちがいた。
胸が痛む。



5・1
4月の最後に、
担任のクラスで怒鳴った。

どの子がいじめの標的になりそうな子で、
どの子がいじめる側になりそうかは、
子どもたちの雰囲気でわかる。

まず、手イタズラが好きな男の子たちが
授業中勉強しないと
女の子たちが言いつけに来た。

ひとまず、その男の子を呼んで
勉強しようね。

一昨日、その男の子が
紙を配ってくれないと言っている。
連絡用のいろんなお手紙を帰りの会に配布しているが、
そのことらしい。

えっ ホント?と、配る側に聞くと
そんなことはしていないと言う男子、
そこで本人に確認。
そうすると、2回あったと言う。
そこで配る側にもう一度聞くと
「していない」
そこで大声で怒鳴る「配られた側がそう言っているのにしてないわけないでしょ!!」

強気な声で思わず「私はね、ベテランだから、
誰が、さぼりそうか、だれが優しいか、だれが、意地悪をしそうか、
みんなの目を見ればわかるんだよ」
そう啖呵を切っておいて、普通の優しい声で
「最初に言ったでしょ、だれも傷つかないクラスじゃないとだめだよ
 クラス全員が楽しく過ごせないとダメなんだよ」
嫌らしいやり方だけど、
意地悪しそうな子たちは震え上がってくれたかな?

ベテランになり見えてきたけれど、
子ども達は序列をつけて、
自分より下の子たちには冷たくしがち。
だから、私は逆に盛り立て、少し贔屓目にする。
そして、ダメなときは怒鳴ります。

少し早いと思った。このクラス用心しないとね。


April



4・30
○○先生って、チョーおもしろいんだぜ・・・
これは私のこと。
卒業生も、弟たちに、
担任の先生以外で、一番面白いのは○○先生だよ。
そう伝えているらしい。

退職間際になって、ようやく
中学生たちを掌に載せて
泳がせることができるようになってきたか?
と自信をもらう。

でも、慢心はダメ、
いつ落とし穴があるかわからない。

先輩のベテラン先生から
私が30代の時に聞いた通り
「子どもたちの心をつかまなきゃ!!」
その通りです。
いろんな意味でつかまなきゃ、
信頼を勝ち得ないし、
授業も成立しない、
勉強も喜んでやってくれないし、
明るい顔も見せてくれない。
さあ、一年間始まるぞ。




4・26
あっという間の二週間、
毎日がてんてこ舞い。
1年生たちも少しずつ緊張がとれてきた。
新しい学校のメンバーとも
少しずつ歯車がかみ合ってきた。

・・・・大荒れの学校のうわさを聞く。
ここ数日、そのことが気になって・・・、
まるで25年前の初めて中学校に移った時の
その当時を彷彿とさせられる。

今まで、若い人たちに笑い話、武勇談・・・のように
話してきたことだけれど、
やっぱり、又その時代が再来したかと
怖気をふるう。

保健室閉鎖、理科の実験ができない、
校歌は誰も歌わず、ピアノの音だけ、
子ども達には、大人への不信感だけがある。
・・・・原因を聞いて、思い当たる。
小学校の時の先生が、自殺された・・・・らしい・・・これもよくわからないが。

最近、若い先生たちの自殺の報道を
よく聞く。
先生たちが生きづらければ、
子どもたちだってそう・・・。
子どもたちの傷を思うと、…胸がきゅーと痛む。
荒れたことがよくわかる。

でも、25年前は、ほんとうに、怖ろしかった。
トラウマになっていることを改めて
感じてしまう。
絶対、そう同じことをくりかえさないように・・・
私にできることを・・・と考え始めた。




4・18
いよいよ授業が始まりました。
一期一会だという感覚がいよいよ強い。
だから、最初は、熊本の地震のことを取り上げようと思う。
三年間のうちに、いつかその単元で教えられる、ではなく
今、この時に学ぶことこそ身になる。

阿蘇の外輪山と、プレートの話と
プレートの映像と、地震のわけを話せば、
ニュースの意味が解る。
人ごとではないことがわかる。
それが大切かも知れない。




4・17
職員会議は、時に、考えると奇妙で、
変なことも長時間論議になったりします。
今年は、配ぜんの時にマスクをさせるかさせないか・・・、
以前、お盆が各自に無い時には、
ナフキンを毎日洗ってこない子がいるため
学級費でお盆を買っていいかどうか・・・がえんえん1時間以上討論になり、
牛乳パックを道路に投げつけている子がいた学校では
牛乳パックをつぶしてあとかたづけをするかどうかで
えんえん論議になり、
今回はマスク。

栄養士さんは小学校でやっているのだから・・・
「当然やってもらいます。お金は何とかしてください」
これもなかなか議論の呼ぶところ。
二つネックがありました。
一つ、お金はどうするんだ。今は洗うガーゼのマスクなどだれも使わない。
毎日使い捨てのマスクを6枚×100日ぐらい⇒1万円?

二つめ、マスクをつけてください。というのは簡単。
でも、ということは、マスクをつけなければ、ワゴンを取りに行けない。
毎日毎日マスクをつけるように、担任は指導するということ。

奇妙で変なことを長時間論議するのは、
結局決めたことは、ルールとして学校で守らせるために、
毎日指導することにつけ加えるかどうか・・・ということなので。
口うるさく指導する担任を中学生はいやがるし、
命令通り動くだけが中学生では困る。
どうでもいいようだけれど、どうでもよくない・・・
そんな中学生生活を一応ルールで
円滑にいくよう・・・それが長時間論議になってしまうのです。

外側から見るとブラックジョーク、
でも、学校内では真剣・・・・変だけれど、真実の姿です。






4・14
三月に卒業した子どもたちが、
次々と学校を訪れていた。
三年前、リストカットと不登校で
大悩みしていた女の子も、
制服で訪れ、何とか楽しそうに笑顔ばかり。
とてもうれしいです。

照れもあって、10分ほども話せない。
でも、何度でもおいで、会いたいから・・・そう言います。

新一年生は、やっぱり小さくて、かわいらしい。
すごく緊張しているようですし、
ずっと、黙って、読書したり、先生の話を聞いたり・・・。

今年は、少しやり方を変えています。
そうじのしかた、給食当番を
役割を細かく分担しました。

これは、ほんとうは秘密ですが、
大学生の娘とのバトル・・・で考えたから。

気を利かせて家事を手伝いなさいというのは、
今の娘には通用せず、
細かく指示をしないとしない、したくない、・・・。
なんべん、この細かい言い争いを、中学校時代からしてきたことか・・・
ほんとうはうんざりなのに、彼女らの将来のためと思い、
口うるさく言いつづけます。
みなさんのお宅はどうですか?

今は、家事をしなくても、生活が成り立つ時代だから、
それよりやりたいこと、忙しくて、時間をかけることがたくさんある。
娘たちが一番時間をかけているのはず~~~っと、スマホです。

中学生たちも、学校以外では、給食当番の配ぜんも
ぞうきんがけもやる必要もやる時間も無い・・・。
職員会議で、配ぜん台を消毒すべきか、そのお金をどこから出すか・・・そんな
話し合いがされるほど、・・・配ぜん台を雑巾でふくのは、不潔だそうです。
・・・・う~~~ん、考えちゃいます。


4・12
始まりました。
1年生の1学期。
新しいメンバーの先生たちの仲間と
新しい1年生の子どもたちと。
今日は二日目、
入学式を終え、校内めぐりをしたり、
教科書を配ったり、提出物を集めたり
集会をしたり、オリエンテーションがあったり・・・。
帰りの会で、
きょうつけ、礼・・・・さようならと言ったら
大きな声で、「はああ~~」とため息をついた子がいた。
1日中、緊張していたんだね。
ご苦労様でした。
明日は、少し楽しいことが待っているよ!!



4・10
4月に入ると猛烈に忙しい。
しかし、ほとんど毎日、会議会議!!
職員会議はとても疲れる。しかし、
特にクラス分けに時間がかかる。
さまざまな配慮が、今の時代に必要だからです。

さて、明日からは1年生担任。
入学式です。
3月31日に、離任する職員と別れたら、
もう4月1日には、新メンバーで
学校運営が始まる。

少し前に思い付いたイメージですが。
学校は真ん中に軸のある大きな大きな円盤のよう・・・
いつも、まわり続けていて、
止まることは永遠に無い。
私が産休で子どもを産もうが、学校は回り続けていた。

三年間1年生から付き合ってきた卒業生が
3月に卒業式で巣立って行っても
学校は回っていて、2・3年生の授業は
されているし、
他の先生たちとサヨナラしても、
新しい先生がやってきて、その学校の円盤の上でいっしょに仕事をしていく。

私が、仕事を続けるとしたら、
いつまでその円盤の上に座っていられるか
軸にしがみついて、体力の限りまで、
がんばれるか、・・・・
そのスピードに振り落とされないよう
自分でも体力に気をつけないと、
突然落下してしまうと…大変だし、
いつの間にか落下しているのでは
みんなに迷惑をかけるなと、気が引き締まる思いがする。
特に、子どもたちについて行くのは、
気合を入れないとだめだなと思っています。
がんばろう・・・と思う。めずらしいです。



人間の歴史の授業を創る会

連絡先・事務局
〒340-0802
埼玉県八潮市
    鶴ヶ曽根824-7
       川上泉 方

TEL(FAX): 048-945-0651



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